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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1536号の年(イ) 判決

控訴人(被告) 山梨県知事

被控訴人(原告訴訟承継人) 奥村うめ 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

控訴代理人は、「原判決中控訴人に関する部分を取消す。被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用中控訴人と被控訴人間に生じたものは第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上の主張

当事者双方の事実上の主張は、下記のとおり附加するほか原判決事実摘示中被控訴人と控訴人山梨県知事との関係部分についての記載と同じであるからここにこれを引用する。

一、被控訴人等の主張

控訴人が当審で述べた被控訴人等先代奥村正右衛門の死亡の事実、被控訴人等の相続関係及び改名の事実はこれを認める。

二、控訴人の主張

(一)、原審原告奥村正右衛門は本訴が第一審に係属中であつた昭和三十三年十二月二十六日死亡し、被控訴人奥村うめは同人の妻として、被控訴人奥村正右衛門は同人の二男として、被控訴人小西よし子は同人の長女として、被控訴人向山なみは同人の二女として、被控訴人岡本常次郎は同人の三男として、被控訴人中沢ちゑ子は同人の三女として先代奥村正右衛門の遺産を相続し、本件訴訟の目的たる権利を承継した。なお右二男奥村正右衛門は旧名を貞太郎と云つたが昭和三十四年一月二十四日正右衛門と改名したものである。

(二)、被控訴人は本件土地が宅地としての利用価値の方が農地としての利用価値より優れていること、宅地としての租税を納めていること、本件土地よりの収入が少ないから本件土地の賃貸借が解約されても訴外立川光明の生計に及ぼす影響が少ないことを理由として、農地法第二十条第二項第二号に該当し、賃貸借契約解約申入は許可されるべきものと主張するが、この主張は間違つている。

(1)、農地法第二十条第二項第二号に該当する場合というのは、被控訴人等において現実に建物を築造する必要にせまられており、本件土地以外にはその場所がなく耕作人に離作の犠牲を負わせるのも相当であると思料される場合のことである。単に土地がやせているとか、観光地に適しているとか等の事由では本号に該当しない。

(2)、租税が宅地として課せられており賃料より上廻つていると主張するが、それは租税が現地の実状に添わないだけのことであつて、これを是正するのは農地としての租税を課してもらうことである。耕作人に責任を転嫁して返地を求める正当の理由となしえない。

(3)、本件土地の収益が数字的に見て少いといつても、耕作人にとつては生計上実質的、割合的には影響は大きい。要は耕作人の収益を減少させて、これに返地の犠牲を強いるに足る正当の理由があるかということである。このことは耕作者が純農家であろうと、兼業農家であろうと変りはない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

もと甲府市愛宕町二五一番宅地二九二坪、同所二五四番宅地四七五坪が被控訴人等先代奥村正右衛門の所有であつたところ同人はこの二筆の土地の一部(約三百坪)を昭和十九年三月二十一日原審相被告立川光明に対し、賃料一ケ年金二十円毎年十一月三十日その年分を支払うこと、期間同日より昭和二十五年十一月三十日迄の約で賃貸したこと、その後昭和三十三年六月頃右二筆の土地等は一旦合筆の上更に二五一番の一ないし一三に分筆されたことは当事者間に争がなく、原審における被控訴人ら先代奥村正右衛門本人尋問の結果(第二回)によると立川光明が賃借した地域は略原判決添付目録及び図面記載の二五一番の五、七、九、一〇、一一番及び同番の一三の一部(以下本件土地という)に当ることが認められる。そして立川光明が現に右賃借地域にあたる同図面斜線の区域を占有耕作していること、被控訴人等先代が昭和二十五年二月十五日到達の書面を以て、右立川光明に対し期間満了の際は本件土地を明渡すべき旨催告して前記賃貸借契約の解約(更新を拒む趣旨と解せられる、以下同断)の申入れをなすと同時に、当時延滞していた昭和二十三年度及び昭和二十四年度の賃料を昭和二十五年二月末日迄に支払うべき旨を催告したが、同人は右期間内にその支払をなさなかつたので、被控訴人等先代は立川光明に対し、同年五月九日到達の書面をもつて、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたこと、被控訴人等先代は昭和二十七年四月十日控訴人に対し立川光明との前記賃貸借契約につき解約許可の申請をしたところ控訴人は昭和三十年六月二日右申請に対し不許可の処分をしたこと。よつて被控訴人等先代は昭和三十年七月二十一日右不許可処分を不服として農林大臣に訴願をしたが、その裁決がないまま昭和三十一年一月四日本訴を提起したことは、いずれも当事者間に争がない。

被控訴人等は本件土地は右控訴人に対する許可申請の当時地目は宅地であつたのみならず現況も亦宅地であつたから本件賃貸借契約の解約、解除等について本来控訴人の許可を要しないのであるが、賃貸当時公簿上畑であつたので形式上は農地の賃貸借契約であつたから便宜上農地賃貸借契約と称して控訴人の許可申請を求めたに過ぎないと主張し、控訴人は右申請当時現況農地であつたから本件土地についての賃貸借契約の解約、解除等については当然山梨県知事たる控訴人の許可を要するところ、控訴人は審査の結果その許可を与うべきではないと認めたので前示不許可処分をしたのである、と争うので、先ず本件土地が右許可申請の当時宅地であつたか、農地であつたかについて勘案する。

原審並に当審における検証の結果によれば、本件土地は石垣により数段に分れた段階地になつており最下段が最も広く上になる程面積が狭小になつているが各階共平坦で、その大部分が畑として耕作の用に供せられており肥培管理もかなり良好で作物の成育状況も上段に上るに従いよくないようであるが下段の方はさほどわるくはないこと、本件土地の隣接土地も畑地であつてブドー或は馬鈴薯などが栽培されていることが認められ、又成立に争のない乙第十二号証、同第十三号証に原審証人志村祥介、同市川泉、同米倉政則、同清水正六、同立川光明の各証言を綜合すると、立川光明は本件土地を賃借以来鋭意開墾に努力し、そのため数年後からは本件土地は中等度の収穫を得られる畑となり、その頃から前記許可申請の当時迄主として麦を、又季節に応じ茄子、大根、甘藷などを栽培し、麦は平年度五俵(一俵三斗五升乃至四斗)の収穫をあげていたことが窺われる。そして農地としての価値如何は別として右認定を覆すに足る証拠は存しない。然らば本件土地は解約申入許可申請当時にあつても現況農地であつたというべきである。右申請以前本件土地の地目が宅地と変更されていたとしても農地であるかどうかの判断が現況主義に基くべきものである以上右認定の妨とはならない。果して然らば本件土地が宅地であるのに控訴人がこれを農地と誤認したとなしこれを前提として前記不許可処分が違法であるとする被控訴人の主張は採用しがたいところであること明かである。そこで進んで許可申請につき、許可を相当とすべき事由が存したか否かについて検討する。

(一)、原審並に当審における各検証の結果並に当審証人山田几同田中浩夫同出月利男の各証言当審における被控訴人奥村正右衛門本人尋問の結果を綜合すると、本件土地は甲府市のほぼ中央に位する舞鶴城祉から北方至近の距離にあつて、愛宕山の山麓に位し市街地を俯瞰する景勝の地を占め南方国鉄身延線の線路迄は勾配を下つて僅か百米の距離しかなく線路を隔てた南側には富士川小学校が存在しこの小学校と本件土地の中間は住宅が建込んでおり西側は本件土地に隣接して広大な長禅寺の境内となり、この長禅寺と前記富士川小学校との間には富士川幼稚園が存在する。東北側は愛宕山の山ふところに抱かれてゆるやかな山地となつている。即ち本件土地は甲府市を俯瞰する西南側はすべて住宅地に囲繞され、その住宅地は甲府市としても屈指の優良な住宅地となつており、同市の発展振から見て本件土地は早晩宅地として転用される機運にあることが窺われる。

(二)、本件土地中旧二五一番については昭和二十二年十一月二十五日同二五四番については同年十二月二十五日いずれも地目が宅地に変更され、爾来宅地としての公租公課が課せられておることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第五号証の記載によれば、本件土地の昭和三十年度の固定資産税だけでも一ケ年金五、一八〇円に達しておることが認められる。

(三)、成立に争のない甲第四号証の記載並に原審証人志村祥助の証言によれば本件許可申請当時本件土地を調査した甲府市旧市地区農業委員会は本件土地は農地としてより宅地としての利用価値が大きい旨の結論を出したことが認められる。

(四)、原審における被控訴人らの先代奥村正右衛門(原告本人)の供述によれば被控訴人等先代は本件土地を住宅地にしようと考え、昭和三年頃当時の金で一万八千円位かけて石垣六段を築造し、宅地としての整地を了したがその後大東亜戦争の熾烈化に伴い、食糧事情の切迫から空閑地利用が叫ばれ、家庭菜園も盛になつた形勢に順応し、被控訴人等先代は立川光明の要請を容れ本件土地を農作物栽殖のため特に短い期間を定めて賃与したことが認められる。

(五)、原審における相被告立川光明本人尋問の結果によると、同人はボール箱製造会社に工場長として勤務し、かたわら農業に従事しているものであつて、本件土地の外に約一反五畝歩の葡萄園と約九畝歩の野菜畑を耕作しておるに過ぎず、本件土地も戦時中食糧の欠乏を緩和すべく畑として耕作するために賃借したものであることが認められる。

以上(一)乃至(四)の認定を妨げるに足る証拠は存しない。

これら諸般の事情を参酌すれば、本件土地は、現在はもちろん前記許可申請当時においても、近くその使用目的を宅地に変更することを相当とする農地であると認めることができる。そしてこの事由は旧農地調整法第九条第一項の「土地使用の目的の変更・・・を相当とする場合」現行農地法第二十条第二項第二号の「その農地又は採草放牧地を農地又は採草放牧地以外のものにすることを相当とする場合」に該当するものと解するを相当とする。而してこのような農地について賃貸借解約(更新拒絶)申入許可の申請があつた場合控訴人は須く右のような事由を考慮に入れて適当な処分をすべきであつて、右許可申請を却下した控訴人の処分は違法であり取消を免れないといわなければならない。

被控訴人等は前記の事由の外右賃貸借契約の解約又は解除の正当事由の存在につき縷々主張するが本訴請求の理由のあることはこれらの点につき判断する迄もなく明かであるから、その判断を省略し、被控訴人等の本訴請求を認容すべきものとする。

原判決はその理由に於て当審のそれと著しく趣を異にするが被控訴人等の本訴請求を認容したことに於て結局相当というべく本件控訴は理由がない。

仍て民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 堀田繁勝 野本泰)

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